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言葉は不思議ですNo2 [雑感]

質問がありました。
「自然は数学の言葉で書かれている」と
ガリレオが言ってましたが
私の考えは数学が言葉より先にあるというのは
そういうことか?
という
それは全く違います。

自然が数学と言う言葉で書かれているわけではなくて
人間が外界(自然)を理解する
脳による辻褄合わせの最初の術が数学だったということです。
色々ありますが
分かりやすくいうと
同値性だったり、数の概念だったり。
人間が外界を理解する術として
今の二項対立の数学がある。
私は中学の時にゲーデルの不完全性定理に挑んでいた話を
生徒によくするのですが
なぜそんな問題に取り組んでいたのか?
それは私がここにある宇宙を理解するヒントがあったからです。

宇宙は人間の認識の外側にある
「私の中」で代表的なものなのです。
ああ
こういうのは小学生の頃から考えております私(^◇^;)
130キロ以上なら無双できる、私の身体的な能力でも
鍛えれば可能だと思ってから投手を始めるような人間です。
勝算なく、宇宙の研究なんて始めません。
宇宙の始まりを考える
これって
明らかに人間の意識の外側にある問題ですよね。
だから小さい頃、これは考えても無駄だと思ってたんです。
どうせ人間は意識という架空世界でできたものを
認識するしかないので。

でもゲーデルの不完全性定理を知った時に…
これはできるかも?という
ワクワクするような勝算が生まれてきたわけです。
これを理解するために
あらゆる勉強、思考が必要なんです。

ですから私は
受験とか何か職業につきたいとかで
思考を始めたわけではなくて
人間の認識の外側
二項対立の外側を理解したいと思ったんです。
でも、人間が理解すること自体
認識の中、意識の中ですよね。
だからこれは分からないやってやめかけたんです。
でもゲーデルがやめちゃダメだよって(笑)
私にいうわけです。

あ、不親切ブログになりますが(^◇^;)
ゲーデルの不完全性定理については各自…(^◇^;)
調べていただけると…
恒真の命題以外は
数学の無矛盾性を数学で証明することができない
ということです。
真か偽か数学では証明できない問題が
数学の中に存在する
簡単に言うと、数学では解けない
数学の問題が存在するということを
数学で証明しました。

これって数学の限界と
世の中的には解釈されてますが
私の中では違います。
中学の時にこれを知らなかったら
宇宙なんてやってません(笑)

書くとめちゃくちゃ長くなるので書かないですが
慎重に考えた結果
これは、人間の数学的認識の外側が分かるという
ことなんです。
ゲーデルからのメッセージを私はそう捉えました。
ゲーデルは難しい証明をしすぎて
精神を病んでしまいましたが
そのおじさんの努力を無駄にしないからな〜で
私の宇宙研究は始まっているんです。

完全に話が逸れました…(^◇^;)(^◇^;)

戻さなきゃ戻さなきゃ…
私の授業ってこんな感じです。
世の中の授業の不自由な点は
はい(^O^)/今日は数学やりますよ〜って
言ったら
その授業内は数学しかできないことです。
なんなんでしょう?この不自由(笑)
私なんて
もう生徒に数学やらせたり
その関連で
物理に行ったり化学に行ったり英語に行ったり
もう色々な科目を行ったり来たりしながら
「ものを照らして」教えていくんです。
教科なんて関係ないです。
人間どころか学問的学校的区分に過ぎない。
そんなつまらんものは取っ払え〜って思ってます。
ですから
生徒の
「これは受験に出ないから」とか
「この科目は配点が低いから勉強しないlとか
そういうのが大嫌いです

私達は受験のために勉強してるわけではない!
認識と思考力を高めるために…
あ(^◇^;)(^◇^;)(^◇^;)
違う
これ言ったら叱られるやつだ。
受験のためにプロ家庭教師はやってる体なので
(^◇^;)

ありゃ…変なこと書いてて
言いたかった数学が初めってどういうことが書けなかった。
また次の機会に書きます(^◇^;)
こんな感じになりがちです、私の授業も(^◇^;)
だからカリキュラムなんて窮屈なものはないのです。
次回雑談しないで
最初に書いた答えを書きまーす。
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