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生きる [雑感]

人には無限の可能性がある

よく言われます。
私もそう思います。

そんな馬鹿なことはない。
人間の寿命は限られているし
人それぞれの能力には限界があるんだ
とも
よく言われます。
私もそう思います。

どっちやねん!

「限界」
というのは
日本語では負の意味が
もはやついて
回るくらいですが
私はそんなにnegative には捉えていません。
むしろpositive に、何事も限界は知った方がいいです。
定義域がないと
最大値とか最小値が出せないじゃないですか。
それと同じです。
限界を知った上で、その中でどういう工夫をしていくか
全てがその勝負だと思います。
そしてその戦略は場合の数として考えても
ほぼ何事にも無限の可能性があるんです。
ですから、私の中では可能性が無限なのと
限界がある、有限なのは矛盾しないんです。

とにかく自分の限界を知る
なるべく正確に
これが大切です。
そうすれば適切な戦略は立てやすいですし
臨機応変に対応できますし
迷いはなくなります。

現実を見る
ということは非常に勇気のいることです。
できれば、自分の現実なんて知りたくはない
そう思うのが人の常なのかも知れません。
どうせ人生は終わる
どうせ地球も膨張する太陽に飲まれる
どうせ宇宙は終わる
これは抗うことの出来ない限界で
それを変えようと工夫するのは
工夫の方向が間違ってると思います。
簡単に言うと覚悟が足りません。

勇気をもって限界を知ったら、
その中でやるんだという覚悟を決める。
自分にある限界の中で
いかに自分を工夫して楽しめるか
命を輝かせられるか
それが、生きるということなんだと思います。
それが自覚出来るまでは生かされている状態です。

人生には
トラブルはつきものです。
いや、トラブルだらけです(笑)
そのトラブルも
生きる
ことで、解決というか
昇華されていきます。
問題が解決するより
その過程で自分が生きたこと
それが
自分の自身の大きな成長へ繋がる糧となる。
昇華されるわけです。

生かされるのは簡単。
生きるのは難しい、です。

病院でチューブを繋がれたり
日々空気を吸い
食べ、眠り…を繰り返し
無目的に時の流れのままに
過ごしたり
人は生かされる。

でも
それでいいのか?
せっかくもらった
長さは人それぞれの違うけど
たった1つの命
私は生きなきゃ勿体無いと思うんです。

そして覚悟を決めれば
死は受け入れられる。
元々の定義域なんです。
生かされてきたから
死を目の前にオタオタするわけです。

私は生徒にも生きて欲しいと思ってます。
そのための工夫も授業に取り入れています。
生徒の考えを待つ、自主的な。
間違えてても進めそうな時は進める
それでやがて躓く、転ぶ
でもそこから立ち上がって前に進む
そのための相手役
みたいなのが本当の私の教育の理想です。
もちろん大怪我をしそうな時はとめる
でも少々後で転ぶなあと思っても
本人が前に歩いてれば
その歩みを止めない。
それは生きようとしているからです。

一方的に知識を与えられる授業
生かされた状態
これは本当に良くないです。
そんな授業はしとうない。

合格切符だけを手に入れたら
そこで人生が終わるわけではないはずです。
それはあくまでも通過点。

生徒の色々な感情や
思考方法…諸々に揺さぶりをかけて
それを生徒が自分なりに解決していく
自問自答させる
それが生きていくということであり
この過程を授業でなるべくやりたい
出来る限りそうしたい、です。

それが私にとっても
生きる、ということだからです。






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