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勉強は何の「役に立つ」のか? [雑感]

「先生~今日習った数学、何の役に立ちますか?」
などと聞かれることがあります。
「何に役立つかではなくて、君がどのように役立てるか?」だといいますが、
大体納得のいかないような感じで生徒もいます。
そういう時は私は丁寧に説明してあげますが、
たいていの生徒は途中で
「もう、わかりましたから。とりあえず授業を進めません?」
などと言ってきます。
従ってこの話を最後までしたことはないので、
どのように高校までの勉強が役に立つのかを書いてみたいと思います。
そんなに長くはならないのでお付き合い下さい(笑)

学校で学ぶ5教科が「直接」役に立つなどということは
よっぽど特別な仕事につかない限りありません。
ですから、例えば学校で習った数学を
直接仕事で使うことは少ないと思います。

しかし、この学校の学習をしっかりやっておくと様々な役に立ちます。

①基礎力として役に立つ
基本五教科は、大人になってから様々な勉強をしなければ
ならない時に、その基礎力として大きく役に立ちます。

国語は日本人としての基本ですので、
毎日日本語を使わない日はないので
必要なことは明らかです。
誰かとの会話の内容正確に捉える、
要約する、自分の意見を分かりやすく
発表するなど…国語力はすべての能力の基盤です。

英語は、英語を日常的に使わないとしても
構造語である英語を学ぶことによって
他の構造語(フランス語、ドイツ語、スペイン語、中国語など世界の多くの言語が
構造語です。逆に英語はだから世界語足りうるのですが。)
も似た仕組みですので、他の言語を学ぶ際に
英語を知らないよりははるかに楽に勉強できます。
また言語構造からその国の人の考え方、
広くいえば文化を理解することができます。

数学は高3までの知識があれば、様々な分野に転用可能です。
如何に社会で数学が使われているか、
それは会社で働いたり、
商売をしたりする上でも、
数学的な思考や知識なしでは何もできません。
数学的に解析できると
様々な物事の本質的な部分も理解できます。

社会は一般教養的な側面が強いです。
社会に出てから様々な歴史認識が問われたり、
現在起きている出来事に対して
どのような伏線があったのかも歴史を知らないとわかりません。
また、歴史をいかに解釈するかを考えれば、
それは新たな思考力をつけてくれるでしょう。

理科も社会と同様に一般教養的な側面がありますが、
物事を考える際の手法、帰納法、演繹法、対照法、など
様々な科学的アプローチ、
これはそのまま現代社会における思考のアプローチになっていますから、
社会の様々な問題に対する解決法のヒントを与えてくれます。

五教科を万遍なくできる人は社会の要請に合わせて、
様々に自分の必要とされるスキルをカスタマイズできます。
そして、様々な問題に対して多角的にアプローチできます。
そのことは、自分の生きていく可能性を大きくすることになるのです。

②自分に合った勉強法を身につけられる

勉強のなかでむしろ大切なのは
自分自身を客観化できるという点にあります。
自分はどんな考え方が得意で
どんな考え方が苦手か、
五教科を一生懸命勉強することに
よって手に取るように分かるようになります。
それは、将来の自分の進む道を選ぶ際にも
有用な情報になります。
真剣に様々な勉強をしたことがない人は、何が自分にできて
何が苦手でできないのかが分かりません。

また、その中で見つけたある科目のマスター法はそのまま
社会人になって何かを学ぶ際に転用できるのです。
勉強は学生で終わりではありません。
生きている限り、日々勉強は続くのです。
ですから、その勉強法を身につけていくことは
人生を豊かにしていくことに他なりません。

(建前としてのまとめ)
このように勉強はしっかりやればかなり役に立つと私は思います。
「ルートの式なんか将来使わない」
なんて逃げ口上を言わずに、しっかり勉強してみてください。

その勉強が役に立つか否かなんて勉強を完全にしてみないと
わかりません。
完全に勉強してから役に立つのか否か
考えてみてください。
(実際はそれを役立たせられるかどうかは、
その人自身の努力に全てがかかっているのですが。)

(本音としてのまとめ)
本音を言えば、私は学問が役に立つ役に立たない
という議論自体がよくわかりません。
勉強は役に立つか立たないかでやるものでは
ないと思います。
我々がそもそも役に立つからやることって何でしょうか?
役に立たないことはやっていないのでしょうか?
「役に立つ」という対象は何でしょうか?
例えばその人個人に役に立つのかどうかなんて
本当に他人が分かるものではありません。
先程書いたようにその人が役立てられるかどうか以上の問題については
本当は議論できません。
ある人が勉強して様々な知識と知性を持つことは、社会全体
または地球全体で言えば確実に役に立つでしょうし…
その辺の細かい議論なしには本当はこの問題は取り上げられません。

ただ確実に言えることは勉強することによって
個人の様々な自由は格段に広がるということだけだと思います。
(それが役に立つのかどうか私には皆目見当もつきませんが)

(オマケ)
私個人は勉強が楽しいのでやっているだけで
特別に何かに役立てようとしている訳ではありません。[わーい(嬉しい顔)]
(お詫び)
最初に長くならないと書いておきながら
長くなってしまいました[ふらふら][たらーっ(汗)]
ごめんなさい


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伊藤

ただそれは学校を通してやる必要はない、というのが先生や親の思考の死角。
by 伊藤 (2013-06-26 07:11) 

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