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私にとってのプロ家庭教師 [家庭教師のお仕事]

一つのことをずっとやっていると
それが様々な意味を帯びてくることがあります。

以前テレビで囲碁棋士の方が
囲碁は芸術だと言っておられました。
でもきっと
最初は楽しくて始めて
だんだん
知的喜びや、負けた悔しさ
ゲームとしての奥深さなどを感じ…
様々な捉え方、変遷を通じて
芸術だという考えに至ったのだと思います。

このように
あることを続けていると
その自分にとっての意味が変容してくる
ということがあります。
これは良くも悪くもです。
最初は楽しかったのに段々苦痛になるとか
仕事になるとか、義務になるとか。
ことではなくて、人間関係もそうでしょうし
物だってそうです。
最初は普通の物でも、やがてゴミになったり
骨董品として価値がでたり
宝物になったりするんです。

プロ家庭教師に私がなったのも
最初はそれほど積極的な理由からでは
ありませんでした。
私の場合
17年くらい前は
身体の調子が異様に悪く
めまいやら何やらに襲われて
いつ具合いが悪くなるか
わからないという状態でした。
そんな中でどこか会社に入ったり
(予備校等もそうですが)
すれば、色々急に休んだり
多大なるご迷惑をかけると思ったんです。
そんな中で生きていくためには
自営業でやるしかなかったですし
肉体労働も無理でしたので
家庭教師で何とか当面の間
凌ぐことができたら

思ったんです。

まあ、集団授業より個人指導の方が
効率がいいだとか
色々な理由もあります。
個人的な願望、夢ですね。

でも
自分でやりたいことができるのは
最低限自分の生活が保障できる状態での
話で、とにかく生きないとどうしようもないわけです。

ですから
きれいごと無しにプロ家庭教師になった理由というのは
これしかとりあえず生きていく方法が
なかった
ということです。
少ない労働時間でそれなりに稼げるんじゃないか。
具合いが悪くても我慢がきくんじゃないか。
かける迷惑も最小限に済むのではないか。
もう生きていくためには好き嫌いなんて
言ってられないわけです。

何年かして、もし体調が良くなれば
他の仕事をしようと思ってたんです。

私は自分で考えるのは好きでしたが
人に説明するのは鬱陶しくて嫌でした。
先生というのは一番なりたくない、退屈な
仕事だったんです。
学生時代、先生は基本嫌いでしたしね(笑)
塾の先生なんて退屈の極み
ああいう仕事には着きたくないと思う
NO1だったわけです。

そんな私が今やプロ家庭教師を始めて17年目…
体調も良くなりましたし
色々今まで大学等からの
お仕事の誘いもありました…
好きな仕事をするチャンスがあるわけですが
プロ家庭教師を続けています。
そして、これからも許される限り続けようと思います。

それは
私の中で、様々な考え方の変化や
家庭教師の面白さ、やりがいなどを強く感じられる
ようになったからです。
今となっては、
生徒の人生を変えて見せる!という使命感さえ感じます。

何で
こんなに考え方が変わったのか?
それは素晴らしい生徒たちに出会い
自分のためだけでない
誰かのためになる尊さみたいなものを
教わったからだと思います。

昔の私なら家庭教師なんてなっていません。
でも
今の私なら
もう一度生まれ変わっても家庭教師になりたいと
思っているんです。


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新米弁護士

物理屋さんって
生き方が非常にかっこいいです。
憧れます。
やっぱりすごく努力されてるからですよね。
生徒さん
幸せですよね。
物理屋さんみたいな人に教わることができて。
私も習いたかったなあ

無理かも知れないけど
私も頑張りたいです!
by 新米弁護士 (2017-04-30 20:10) 

山本

メールさせて頂いた者です。
問題集の執筆
どうしてもお願い出来ませんか?
物理屋さんの
今迄の蓄積されたノウハウを
世の中に残してはどうでしょうか?
お時間がないというお話でしたが
私どもも精一杯フォローしますので。
もう一度お考え直し頂けないでしょうか?
by 山本 (2017-05-01 08:23) 

レア

ブッチーさんの生徒は
幸せ者よ。
by レア (2017-05-02 11:40) 

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